西風 恒一 氏

西風 恒一 氏

苦労を経て卒業した大学だからこそ「英語を活かせる」仕事にこだわりました。

私は、家庭の事情で在学中は学費や交通費、食費などをアルバイトしながら支出していました。勿論、講義にもほぼ休まず出席しました。そのような苦労を経て卒業したものですから、英語に全く接しない職業には就きたくないと思っていました。しかし、私たちが就職活動をしていた1993年は、いわゆる就職氷河期で、2社の内定があれば優秀な方でした。私はそんな中、現実と葛藤しながら就職活動をし、結果的に塾の英語教師という職業に就きました。1年目は、大学時代苦労した経験もあって上司や役員からの評価も高く、まさに順風満帆といった感じで過ごしました。ところが、徐々に「生徒の点数を上げるための仕事で満足なのだろうか」という気持ちが出てきたのです。塾の講師はすばらしい仕事だと思います。ただ、自分の英語力を向上させるために本当にこのままでいいのだろうかと悩み始めました。

自分の英語力を向上させるために、方向転換することを決断。

新卒で入った会社も6年目に突入し、いよいよ英語力を発揮したいという気持ちが高まってきて、私は周りの反対を押し切り、辞職をする決心をしました。そして、中途採用への就職活動が始まります。予想はしていましたが、世の中そう甘くはありませんでした。英語力のある人材はたくさんいます。自分の売りは英語力では主張できない、そう感じました。そんなある日、新聞広告を見ていると「英会話講師募集」と書いてあるのを見つけ、ネイティブの募集かな、と思いながら読んでいると、ネイティブ講師とセットで英文法を使った口頭英作を訓練する指導者ということでしたので、早速応募することにしました。前職の講師経験が買われ、面接がどんどん進んでいき、最終面接では、社長からその場で採用の言葉をいただきました。

これまでとは違い、職場でのコミュニケーションでネイティブ職員と英語で会話しなければいけません。さすがに英会話学校だけに、他の日本の職員の英語力は非常に高く、「自分もがんばって勉強しなければ」と気合を入れて臨みました。そして、管理能力が買われ、2年目には新教室の所長に抜擢されました。しかし、英語力はまだまだでした。

そんな折、父が病気でなくなり、かつて大学現役合格を切に願っていた両親を亡くし、「頑張って関西外大に入学し、学費を稼ぎ、英語にこだわってきた自分はなんだったのだろうか」と漠然と思うようになりました。

そして、1年間所長として仕事をし、新教室の立ち上げを成功させたあたりから、「そうか、英語は何か持っている人にこそ使える道具なのだ」という結論に達しました。

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30歳を超えて、無謀とも思える新たな道への挑戦

そして、私はまた新しい決断をしようとしていました。「専門性を身につける」それだけを考え、あらゆる資格などの研究をしました。その結果、選択したのが司法書士です。正直、合格率2.8%の司法書士試験に挑むことは客観的に見れば無謀とも思える決断でしたが、仕事も辞め、アルバイトで生活費を稼ぎながら一日10時間勉強しました。30歳を超えてからの挑戦でしたが、35歳で合格し、独立開業ができました。今でも、思っていることがあります。「今ならいつでも英語が活かせる」残念ながら、まだ英語が必要な局面はありませんが、今なら必要とあれば、こだわりなど捨てて英語でも韓国語でも中国語でも勉強できると考えています。関西外大を出て法律実務家をしていると、よく不思議がられますが、それで良いのです。人生とは、人から不思議がられるような経歴があった方が面白いような気がしています。

掲載:平成23年6月

西風 恒一 氏

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