坂中 尚哉 氏

坂中 尚哉 氏

アスリートを支える仕事に関心が向くきっかけとなった自身の体験

関西外大には、スポーツ特技推薦で入学し、学生生活の全てをサッカー競技に注いでいました。大学3年生時には、関西学生選抜A代表に選出されたこともあり、当時、将来の目標をプロサッカー選手に定め、大学4年生時には一度もリクルートスーツに身をまとうことなくJリーグへの道にチャレンジしていました。一方、入学時、父親と「教員免許(英語)」を取得することを約束していたこともあり、大学アスリートでありつつ、教職課程を履修し、文武両道を心がけていました。4年時には母校の高校で教育実習を行い、苦手な英語を冷や汗をかきながら取り組んだことが思い出されます。高校生から「先生」と呼ばれたことがことのほか心地よく、現在の職業につながっているのではないか、と今では思うことがありますが、当時は教師の道に進むとは思ってはいませんでした。

しかし、大学アスリートの時の怪我の体験によって大きな転機を迎えることになります。4年時に利き足でもある左足小指に怪我をしたのをきっかけに幾度となく怪我に見舞われ、プロへの道が遠のくことになり、心身ともに厳しい時期を経験しました。そして、この時の自身の怪我の体験をきっかけにアスリートを支える仕事に関心が向くようになり、スポーツ心理学を学ぶために筑波大学大学院を目指すことになります。

恩師に導かれて大学職の道へ

卒業後は、筑波大学大学院で体育心理学(スポーツ心理学)を専攻し、アスリートの心理サポート(スポーツカウンセリング、メンタルトレーニング)の基礎を学びました。そして、大学院修了後は地元である神戸に戻り、公立の不登校支援施設に就職するとともに、兵庫教育大学大学院修士課程夜間コースに入学し、臨床心理士受験資格を取得しました。修了後は臨床心理士として、医療、福祉、教育(スクールカウンセラー)など多領域で臨床経験を積み、2008年に、関西国際大学人間科学部講師として奉職することになります。

大学教員(研究、教育者)ではありますが、同時に心理療法を行う実務家でもあります。大学職に就くことができたのは、ほぼほぼ偶然ですので、未だ自分自身でもなぜ大学職に就くこになったのかはわかりません。人との出会いであり、恩師である先生に導かれて今に至っているんだと感じます。大学職についていなかったとすれば、心理療法家として医療や教育現場において臨床三昧であったと思います。今でも、定年までには、開業をすることを念頭においています。研究や教育(学生指導)なども好きですが、やはり心理療法をしている時が一番自分らしいかな、と思っています。

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ますます大きくなるスポーツへの関心や社会的なニーズ

2020年の東京オリンピックの開催、超高齢化社会における健康志向など、今後、ますますスポーツへの関心や社会的なニーズは大きくなると思います。概して、そうした光の部分に目が向きやすいですが、オリンピアン、プロアスリートに限らず、スポーツを真剣に向き合う人々には、挫折、スランプなどの苦悩が伴います。そんな時、私たちのような臨床心理学をベースにしたスポーツカウンセラー(メンタルトレーナー)が、アスリートのお役に立てるスポーツ環境を整えるためのムーブメントを起こしていく必要があり、私自身もその一助を担いたいと思っています。私自身、Jクラブでのメンタルトレーナーとしての経験を社会一般に広く伝えつつ、勤務校においては、アスリートを支えることのできる臨床心理士(スポーツカウンセラー)を一人でも多く育てることを目下の目標にしています。

夢を見るために、日々、生きている

心理学の世界は、とても深く、迷路に入りそうになります。じっくり自分の心の中に関心を寄せ、自分でも知らない自分と出逢える瞬間があることは、この種の学問の醍醐味です。中でも、これから社会に出られる在学生の皆さんには、毎日見ているであろう「夢」を大切にされることをお勧めします。夢を見るには、やはり寝ないといけませんよね。極端ですが、僕は、「夢を見るために、日々、生きている」という生き方をしています。なかなか面白いですよ。

掲載:平成29年4月

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