徳永 誠 氏

徳永 誠 氏

当時の首脳会議の表明がアジアに惹かれるきっかけに

英語はずっと好きだったんですが、高校時代の先生から関西外大っていうユニークな大学があるんだよ、という話を聞いたのが関西外大を知るきっかけでした。高校2年生の時、関西外大を含めて英語に力を入れている関西圏の大学を複数校見て回ったのですが、やはり関西外大の留学プログラムがとても充実しているのが決め手になりましたね。大学に入ったら絶対に留学するんだ、という目標も出来ましたし・・・。

まあ、その当時から海外志向は強かったんですが、今と違ってアジアに対しては全く関心がなかったのが実情でした。でも、高校3年生の時、千葉県の高校生海外派遣事業に参加し、東南アジアに行ったのが転機となってアジアに目を向けるようになりました。その頃といえば、日本企業がアジアに進出しはじめた頃で、現地社会とは多少なりとも軋轢があった時代です。私が実際に現地に行ったのが77年なんですが、ちょうどその年はASEAN結成から10年となる節目にあたる年で、クアラルンプールでの第二回首脳会議に当時の福田赳夫総理が出席し、その後最終訪問地マニラでASEAN外交の柱となる福田ドクトリンを発表した年でした。まさにそのような歴史的な瞬間を、自分も同じ東南アジアの地で過ごした偶然に、とても運命的なものを感じたんです。そしてその時、自分もASEANと日本の架け橋になるような仕事をしよう、と誓いを立てたのを覚えています。

学生時代に経験した留学やNGO活動が今の仕事の基礎づくりに役立ちました。

高校時代から、大学に入ったら絶対留学したい、という思いを強く持っていたのですが、なかなか渡航費用まで捻出する余裕が無かったのが現実でした。でも、何としても留学したいという思いから、全額費用を負担してもらえる国費留学プログラムに挑戦して、オーストラリアのバースへ1年間留学しました。オーストラリアという国が、どのように近隣のアジア諸国と接して良い関係を作っているのか、ということに非常に関心がありましたので、向こうではインドネシア語の習得の他に、東南アジアの歴史や政治について色々と学びましたね。

それから、学生時代はアジア協会アジア友の会というNGO団体で2年近く活動を行いました。一種のインターンシップのような感じだったんですが、三つ揃えのスーツを着て、名刺を持って、それから政財界の人たちが集まる懇親会に参加したりと、今思うと色々と貴重な経験をさせてもらいました。当時、欧米志向が強かった日本の中で、アジアへの意識がさらに高まった上、貴重なネットワークが構築できたことも大きかったですね。その頃の経験があまりにも大きくて、卒業後の進路は一般の企業ではなく、NGOや国際機関へ進むことに迷いはありませんでした。

そんな折、マレーシア大使館で人材募集があることを知り、私も応募することにしました。採用枠は1名でしたが、後から聞くところによると、実に100人近くの応募があったそうです。100倍もの競争率を勝ち抜いたのは、マレーシアに対する熱意とアジアへの強い志が伝わったのではないかと思います。こうして、ASEANとの架け橋となる第一歩を踏み出したのです。

対等に議論をする機会や意識を日本の学生に持って欲しい。

中曽根元首相が83年のASEAN歴訪中に提唱した「21世紀のための友情計画」(青年招聘事業)で、ASEAN諸国から多くの若者たちが来日しました。そして私自身も80年代後半にマレーシアと日本の青年交流とディスカッションをメインとした合宿研修のお手伝いをすることになりました。しかし、日本の参加者が、なかなか自分の考えを表現する事が出来ないことに気付かされショックを受けました。語学力が大きな障壁になっているのは間違いないのですが、一番の原因は、日本人が一般的に客観的な視点で議論をするのを避け、また、学校でもそのような訓練をしていない、ということです。自分の頭で考え、自分の言葉で表現することが重要であることを強く実感した場面でした。

ルックイースト政策等によって、日本から学ぼうとマレーシアを始めとしたアジア諸国から日本に来る学生が多かった中、実は、逆に日本人がアジア諸国から学ぶことの方が多いんじゃないか、と徐々に感じるようになり、その思いを形にするために91年に政府観光局に移ることを決意しました。観光局に移ってすぐに、修学旅行事業を立ち上げました。当時、マレーシアへ修学旅行を実施する高校は東京の私学1校だけだったのですが、試行錯誤の努力の結果、現在では年間で約100校、学生数でいうと1万5千から2万名近くが現地を訪れるようになりました。

そして、2011年には、日本の大学生にマレーシアで3週間の様々な研修を通じてアジアへの関心を高めてもらう「ルックマレーシアプログラム」がスタートしました。震災後の日本応援プロジェクトとして、日本の将来を担う学生がこのプログラムを通じ、日本を今一度元気にするためのヒントを得るきっかけになってくれることを望んでいます。企画推進リーダーとして、立ち上げからずっと携わってきたプロジェクトですので、自分自身のミッションとして、この企画は末長く続けていきたいと思っています。

観光局の仕事は単に観光スポットをPRする仕事だと思われがちですが、実はレジャー観光だけではなく、カキクケコの分野(環境、教育、暮し、健康、交流)を含めた幅広いものです。その中でも教育は最重要であり、私自身一生をかけて「アジア大交流時代」に活躍できる日本の若者の人材育成事業に尽くしていきたいと思っています。

掲載:平成24年12月

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