山下 純一 氏

山下 純一 氏

今も仕事に活かされていると実感できる学生時代のさまざまな経験

 大学に入った目的は、何としても英語をマスターすることでしたので、入学と同時に迷うことなくESS(英語研究会)に入りました。学生生活は、ESSでの活動を何よりも優先的に考えていましたので、先輩・同期・後輩との人間関係までもがESSを中心とする毎日でした。そのせいもあり、4回生になった時には、1年間で取得可能な最大単位数が残っており、体育の授業も後輩の1回生や2回生に交じって受けるという情けない有様でした。

 当時のESSは200名以上の部員を有し、大学で最大規模のクラブでした。活動そのものは、体育会を思わせるほど体力的にも厳しいもので、腹式呼吸をマスターする為に早朝のランニングや腹筋などのトレーニングに精を出していました。そのような中、スピーチコンテストやディベート、ディスカッションを通じて、他の大学と交流を深めることが出来たことも良い思い出です。特に、スピーチコンテストでは猛者がそろっており、3回生の時に出場した関西の大学対抗のスピーチコンテストでは1位、2位、3位を独占することが出来ました。これも、体育会さながらの鍛錬のたまものであると実感したものです。

 ESSでは部長を務めさせていただきました。学生の集まりではありましたが、200名以上の大きな組織として、いろいろとルールを決めて運用していかなければなりませんでしたし、大学側との折衝なども多く、授業では勉強できないことを学ぶ機会も多かったと思います。また、人前で話をする機会も多く、それら一つひとつの経験が社会人になっても違和感なく活かされているという感覚はありました。最初は全く話せなかった英語も、ESSのディベートやディスカッションの活動を通して、論理的に相手に論点を伝えるという術を身につけることが出来ました。言葉だけではなく、何をどう伝えるか、という日々の訓練が、今も仕事に活かされていると実感しています。

 ESSや他のクラブのメンバーだった仲間たちと今でも時々杯を交わしますが、盛り上がると30数年前にタイムトリップしたような気分になります。

日本で培ったノウハウを海外に輸出し、多くの消費者の方に喜んでもらいたい

 大学で4年間英語を勉強した以上、海外関連の仕事をしたいという思いが常にありました。機械メーカーの輸出業務担当、大手英会話教室の職員を経て、今の会社に出会いました。ちょうど私がファミリーマートに入社した1988年は、日本にコンビニが誕生して15年経った頃で、今ほどはまだ一般的ではありませんでした。当初より、セブンイレブンやローソンといったコンビニはありましたが、ほとんどがアメリカからのライセンス事業の為、親会社のイトーヨーカドーやダイエーは日本国内での出店という制限が付けられていました。そのような環境下で、ファミリーマートは当時の西友が独自に開発したノウハウで展開していたこともあり、何の制約も受けることなく海外での展開が可能でした。コンビニは、元々アメリカで生まれたコンセプトでしたが、日本の厳しい消費者に鍛えられて真の意味で便利な店に変貌しました。当時の社長との面接の中で、「日本で培ったコンビニのノウハウを海外に輸出し、多くの消費者の方に喜んでもらいたい」という抱負を聞き、その一助になることが出来ればという思いで入社を決意しました。

 入社当時は、ちょうど海外展開第一号の台湾の準備が始まった年で、以来26年間ファミリーマート海外展開一筋に仕事をしてきました。1988年の台湾を皮切りに、1990年の韓国、1992年のタイと海外での立ち上げにそれぞれ携わりました。特に、タイではマーケット調査から事業パートナーの発掘や合弁事業交渉、会社設立から1号店開店までを中心になって行いました。その後は、1995年~2004年までの9年間に加え、2006年~2008年までの2年間の計11年間をタイ・バンコクの地に駐在する機会を頂きました。2008年10月に帰任後、ベトナムでのプロジェクトが始まり、その責任者として立ち上げの陣頭指揮をとりました。そして、2009年5月から2013年4月まで4年間、ベトナムファミリーマートの社長としてホーチミンに勤務しました。現在は、海外事業の責任者として、日本で培ったコンビニのノウハウを海外に拡げる仕事に従事しています。

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2009年
ベトナム開店セレモニー

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2014年3月
第30回フランチャイズ・ショー
ジェトロ主催セミナー講演

Three Twenty

 初めて駐在したタイ・バンコクでのことになりますが、1997年7月にアジア通貨危機が勃発。そして、その年の4月に増資した約10億円の資金が国営銀行に強制的に預け替えされ、5年間凍結されるという事態になりました。不可抗力ともいえる事態でしたが、当時、経営企画部門を担当していた関係から事の重大さを認識し、辞表を上司に提出しました。しかし、上司からは、「5年間凍結になっただけで、没収されたわけではないので、そこまでしなくても良い。それより資金繰りの手当てを考えろ。」との命を受けました。そこで、邦銀全行に何度も足を運び、何とか当座の運転資金を確保することが出来ました。その後は、タイの情勢も幾分良くなり、5年を待たずして「ヘアカット」と呼ばれる手数料を支払うことで満額とはいきませんでしたがほとんどの資金を回収することが出来ました。当時は生きた心地がしませんでしたが、今となっては懐かしい思い出になっています。少々辛いことがあっても、当時のことを思うと、「何とかなる」という心持になります。

 私自身、海外事業の責任者として「Three Twenty」を常に念頭に置いています。これは、会社としての目標ではありませんが、「3つの20」、即ち2020年に20ヶ国、海外からの利益200億円(¥20 Billion)を意識しながら仕事をしています。日本国内では、人口126百万人に約55千店舗以上のコンビニが乱立しています。競争は非常に激しく、常に進化し、付加価値をつけながら、お客様の期待に応え続けていかなければ、あっという間に負け組になってしまいます。

 一方、海外、特にアジアでのマーケットはまだまだ伸び盛りで、国民の平均年齢も20歳代と非常に若く活気にあふれています。その中で日本で培ったコンビニのノウハウをアジアの消費者の方々に喜んで体験していただくことが私たちの海外事業の醍醐味でもあります。仕事は大変ですが、海外のファミリーマートの店舗で幸せそうにお買いものをしておられるお客様の笑顔を見るたびに、この仕事をやっていて本当によかったと実感しています。

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2014年11月
The 12th FamilyMart Summit TOKYO
※2003年以降、ファミリーマート展開地域のトップが一堂に会する「FamilyMart Summit」を開催し、海外戦略やファミリーマートブランドの向上について協議するだけでなく、地域の垣根を越えた信頼関係の構築を図っている。

夢に向かって大学で学ぶ一つひとつのことを大切に

 私自身は、小売・サービス業界に従事していますが、日本的なホスピタリティというのは海外では非常に強力な武器になります。これからも、日本式の小売業態やサービスがますます海外に受け入れられていくと確信しています。少子高齢化が進み、人口も年々減少の一途を辿ることが予想されますので、これからは海外にマーケットの活路を見出すことが重要だと考えます。ぜひ、大学で身につけた語学を武器に、世界を舞台に活躍してみませんか。

 将来の夢をビジュアル化し、その夢に向かって大学で学ぶ一つひとつのことを大切にしていっていただきたいと思います。

掲載:平成27年3月

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